日本セイフティー株式会社は、認定NPO法人災害医療ACT研究所の活動の一環として、かねてより「ラップポン」で大規模災害の被災地でのトイレ支援活動を実施してきました。
令和6年能登半島地震の被災地でもトイレ支援活動を行っています。

活動レポートの第1回目は「なぜ迅速に支援活動が出来ないのか」、第2回目は「トイレ支援活動の実際」としてまとめてきました。
最終回となる第3回目は「トイレ支援の重要性」そして「ラップポンが被災地支援をする理由」についてです。

日本はトイレ大国と言えるほど、国内のどこへ行っても当たり前の様に綺麗で安全かつ無料で使える水洗トイレが整備されています。
そのため、日本人はトイレの汚れ・環境悪化に非常に敏感であり、汚れたトイレに対する抵抗感が強いとも言われます。
しかし災害時にはトイレ環境は残念ながら悪化してしまいます。
携帯トイレや簡易トイレがその場ですぐに準備出来れば問題ありませんが、無い場合にはどのように悪化していくのか経緯を辿ってみましょう。

災害発生時のトイレ環境の悪化

トイレ環境が悪化する様子を、時系列で見てみましょう。

1:災害発生時、多くの場合で断水が発生します。すると直後に水洗トイレを流すことが出来なくなるため、使用不可になります。
2:皆なるべくトイレを我慢しますが、時間経過と共に我慢できなくなります。
3:やむを得ず水の流れないトイレで排泄をします。
4a:排泄物はそのまま放置され、次の人もやむを得ずその上から排泄をします。これが繰り返され、排泄物がどんどん蓄積していきます。
4b:近くの川やため池、プールなどから水を汲んできて、バケツなどで流そうとします。流すのに使用する水は随時汲んで用意しておきます。

最後はaとbの2パターンの悪化状況を想定しましたが、実際の現場ではどちらも有り得ることです。
少し掘り下げてみましょう。

a:排泄物が蓄積していくパターン

排泄物そのものが残ったままなのでひどい悪臭がトイレ個室から漏れ出ます。
また、トイレの便器そのものは排泄物を溜めておける容量がさほどないため、あっという間に満杯になってしまいます。
その結果「排泄出来る場所そのものがない」という最悪の状況に陥ります。

排泄物がそのままになっている環境、そこは細菌・ウイルスの巣窟です。
排泄物でいっぱいになったトイレは断水解消までそのままになるか、人力で掻き出したり掬ったりして清掃するしかありません。(そのようにして決死の想いでトイレ掃除をした方が実際にいるのです)

b:バケツで排泄物を流すパターン

一方bは水で流すので一見清潔に見えますが、トイレを綺麗に流すために使う水量は新しいトイレでも5リットル、古いタイプだと10リットル程度とも言われます。
この量の水が入ったバケツを持ち上げ、便器の真ん中めがけて勢いよく流すのは体力の無い人には困難です。
トイレに行くたびにこの動作をし、使った分の水を汲んで重たいバケツをトイレまで運ぶ…
数日なら頑張れても、この状況が1週間続くとトイレに行くだけで疲弊してしまいます。

更に、この時に使用する水は多くの場合で衛生的な上水ではありません。
十分な手洗いの出来ない状況では、バケツに汲むときや流すときに不衛生な水が手や指に付着したままになりがちです。
また、流したときトイレの床に水が飛び散ってしまうと、その上を歩くことで靴底にも汚れが付着します。
これは汚れやウイルスをトイレから避難スペースへと持ち出すことに繋がります。

※余談ですが、断水時に水を使ってトイレを流す場合「タンクに水を入れて流す」はやってはいけないと各トイレメーカーからもお知らせが出ています。
タンク内に新たに水を補充することが出来ないため水量が足りず下水管のつまりなどの原因となります。
必ずバケツで便器に直接水を投入するようにしましょう。

トイレ環境の悪化と災害関連死

排泄物の放置、バケツでの排泄物の処理…
どちらの経過を辿っても、避難所のトイレ問題として共通することは「汚れやウイルスが広がる」「トイレに行かなくなる」の2点です。
これはどちらも最悪の場合は命に関わるほど非常に重要な点です。

せっかく災害そのもので助かった命が、その後の避難生活で失われてしまう…これを「災害関連死」と呼びます。
トイレの衛生環境悪化は災害関連死の大きな一因であり、これを防ぐことが大変重要です。

トイレ環境悪化による感染症の蔓延

「汚れやウイルスが広がる」ことは「感染症が蔓延する」ことに直結します。
昨今新型コロナウイルス感染症が猛威を振るいましたが、それ以前から衛生環境が悪化し栄養バランスが偏りがちな避難所では、ノロウイルス・感染性胃腸炎・インフルエンザなどが流行することがありました。
感染症の症状が出た人が通常の避難スペースに滞在しているとあっという間に感染症が拡大してしまうため、避難所では体調不良者が静養するための部屋を別途設ける事となっています。
ただし、この部屋には限りがあり、その部屋を出入りする家族や職員なども常に感染の危険に晒されることとなってしまいます。
免疫が低下している状態で感染症にかかるとどうなるか…想像に難しくないのではないでしょうか。

トイレ環境悪化によりトイレに行かなくなる

次に「トイレに行かなくなる」を順を追って説明します。

私たち人間は食べたり飲んだりすることで生きていますが、飲食をすると必ず老廃物を排泄物として体外へ排出します。
ということは「飲食をしなければトイレに行かなくて済む」と考えることも出来ます。
避難所のトイレが汚れていたり使いにくかったりして苦痛になると、トイレに行かなくていいように実際に飲食の量を減らす人が出始めます。
すると栄養分や水分が不足し、脱水症状や免疫力の低下を引き起こします。
その状態が続くと高血圧や肺炎・持病の悪化などを招き、最悪の場合は心臓や脳血管の疾患・誤嚥性肺炎・エコノミークラス症候群など致命的な病気へと繋がる可能性があります。

災害関連死を防ぐラップポンの被災地支援

合言葉はTKB(W)48

防災に取り組む人々の間では「TKB(W)48」という合言葉がよく知られています。
これは

・T:トイレ※衛生的で快適に使える
・K:キッチン※暖かくバランスの良い食事が採れる
・B:ベッド※身体をしっかり休めることが出来る
を発災から48時間以内に整備する

という意味で、すべてが災害関連死を防ぐために重要なポイントとされています。
(寒冷地では W:ウォーム※身体を温めるもの も必要と言われています)

実はラップポンの被災地支援初回出動は、最大震度6弱を観測した2007年の能登半島地震でした(まさか短期間に同じ地域で2度も大きな地震が起こるとは思いもしませんでした)。
ラップポンの強みは屋内でも「汚れを残さない」「臭わない」「排泄物も菌も漏らさない」トイレであることです。
2007年当時ではまだ災害関連死という単語はマイナーで一部の有識者だけが使うものでしたが、介護の現場から生まれたラップポンは「日常生活でトイレに困る人は災害時にはもっと困るはず」との想いから災害被災地でのトイレ支援活動を始めました。

自分の避難スペースから比較的近い屋内にいつでも清潔で安全に使えるトイレがあることで、屋外のトイレまで行くことの難しい人でも安心して飲食することが出来るようになります。
しっかり食べて排出し、睡眠をとる。
このサイクルが周ることで、災害関連死の防止に繋がります。
災害の発生を防止するのは難しいですが、災害関連死の防止は準備と避難所運用次第で実現可能です。

なかなか語られないが、なくてはならない清潔なトイレ

トイレや排泄の話題はデリケートな内容でもあることから日常生活でもあまり活発になされることはありません。
特に日本人は「大変な時に贅沢・わがままを言ってはいけない」という気持ちが働きやすい面もあり、災害時にトイレについて「困っている」「悩んでいる」といった声が具体的な内容を伴って表面化することが少ないのが現実です。
更にトイレという場所の性質上、悲惨な状況になったトイレの映像や写真は報道で流されることはまず無いため、非常時のトイレの状況について事前に想像することが難しいのも事実です。

しかしながら実際に被災地の避難所でラップポンの設置に伺うと、組み立てや使い方の説明を聞きながら「トイレが近い体質なのでなるべく飲まないようにしていました」「ずっと心配だったのでこれで安心できます」と誰にも言えなかった不安な気持ちを仰る方が沢山います。
水が出るようになり、ラップポンの撤収に伺った際には「快適に使えました」という安堵の言葉に加えて「トイレが不便だとこんなに困るとは思っていなかったです」と素直に伝えてくださる方もいます。多くの場合、これらを伝えてくださるときは皆笑顔です。

生きている人間は生理現象として必ずトイレを利用します。
トイレは陰になりがちですが無くてはならない必須設備だからこそ、災害時でも快適に使えるトイレがあることは、不安な中でも安心して日常生活を取り戻す一助になるはずです。

綺麗なトイレで災害関連死を防ぎ、生きる活力が湧いてくるような日常生活が送れるような力添えが出来るように。
大変な業務ですが、ラップポンメンバーはそんな想いで被災地支援にあたっています。

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